- サッカーの現場から
最後の戦い
12時過ぎ。最後のミーティングが始まりました。「いつも通りでいい。決まりごとだけ気をつけて、あとはいつも通りの試合をやろう」佐藤監督のかすれた、そして落ち着いた声が円陣の中に響き渡ります。
過去、関東大会で4位が最高位だったFC PORTにとって、全国大会の決勝など初めての経験。選手たちが緊張のピークであることは、容易に見て取れました。
そんな選手たち一人一人に監督は静かに歩み寄り、一言ずつ言葉をかけて回ります。
緊張で顔がこわばっていたコバちゃんもこの笑顔。
ジンさんは少しだけ涙ぐむような表情。あふれそうな感情を奥底にしまって、再びウォーミングアップに向かいます。
魔法でもかけているかのように、選手たちの緊張を次々と解いていく佐藤監督。どんな言葉かはわかりませんが、監督の一言が彼らの肩の荷を少しずつ下ろしていました。
謙虚でおとなしいメンバーが揃うFC PORT。関東大会からこの日まで心に秘め、でもあまり積極的に言わなかった言葉。それを今、全員が異口同音に言葉にします。
「優勝しよう」
一足先に全日程を終えた8チームの選手、スタッフ、大会関係者や観客が見守る中、いよいよ大会最後の試合、決勝戦が始まります。
会場内に流れるFIFA公式アンセム。大きな拍手を受けて晴れ舞台へと歩み出す彼らは、とても誇らしげでした。
悪魔が足を掴んだ
決勝戦 FC PORT(神奈川県)vs Espacio(千葉県)
前半
落ち着いて試合に入ったFC PORTは攻勢を仕掛けますが、GK1#原田洋行選手に加え、3#松嵜俊太郎選手、10#佐原泰明選手、そして4#竹田智哉選手と、ソーシャルフットボール日本代表経験者4人が立ちはだかります。
10#佐原選手の素早い寄せ、的確なポジショニング、そして司令塔3#松嵜選手の落ち着き。どこをとってもハイレベルです。
そして前線では、7#黒沼直樹選手のキープ力がチームに余裕を与えます。4#竹田選手の縦横無尽な動き、3#松嵜選手の落ち着いたボールさばきは、7#黒沼選手がいたからに他なりません。
特に圧巻だったのは、守備に攻撃にと、すべてのシーンで顔を出した4#竹田選手。体の使い方も、半年前よりもさらに強くなっていました。10#ハッシー、5#トビくん、6#ムーチさんは完全に封殺されてしまいます。
そして前半2分、7#黒沼選手の絶妙なポストプレーに反応した4#竹田選手がミドルシュート。一瞬の虚を突かれたFC PORTは先制点を許します。
その2分後、ネットを揺らしたのはまたもEspacio。7#黒沼選手が、8#モッチーを1タッチで簡単にかわすと、角度のないところからシュート。GK1#ジンさんの脇の下をすり抜け、ボールはゴールへと吸い込まれていきました。流れはここでEspacioへ。
焦りからFC PORTの悪いクセが目立ち始めます。パスがルーズになり、守備も軽率に。6#ムーチさんが懸命に指示を出しますが、大会を通して先制を許さなかっただけに、チームには少なからず動揺が広がっていました。
そのほころびをEspacioは見逃しません。前半9分の3失点目は、そんなFC PORTの弱点を突かれたオウンゴール。うなだれる3#ジュンコさんを1#GKジンさんが静かに励まします。
最大の誤算は、関東大会の時にはいなかった7#黒沼選手の存在。屈強な6#ムーチさんが身体を寄せても、シュートさせないどころか、動きを抑えることもできません。
柔らかく身をかわし、どんな体勢でもシュートを次々と決める7#黒沼選手を前に、守備陣は翻弄されるばかり。「こんな選手がいたのか」それが偽らざる心境でした。
前半終了までにさらに2失点、いずれも守備を揺さぶられての失点。鮮やかな黄色は躍動し、紺碧のユニフォームは足をピッチに絡め取られたかのように、力なく影を引きずります。
グループリーグで22得点2失点、全チーム最多得点・最小失点のFC PORTはEspacioの組織力の前に完全に沈黙しました。 前半を終え、うつむきベンチへ戻る選手たち。指示を飛ばす監督にも、動揺の色が浮かんでいました。
「正直、この点差はかなり厳しい。でも、ここで頑張ったことが必ず自分たちの糧になるから。最後までやりきろう」
諦めたわけではないけれど、敗戦を悟ったような言葉を漏らした佐藤監督。抜群の安定感を誇るEspacioを相手に前半で5失点、追いつくには点差が開き過ぎる。チームは追い詰められていました。
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後半
後半に入り持ち直したFC PORTは、積極性と高い集中力を見せます。しかし肝心なところでパスはつながらず、Espacioのペースは変わりません。
それでも、GK1#ジンさんはビッグセーブを連発し、プレーでチームを鼓舞します。8#モッチーも負傷の足を引きずって懸命の守備。ディフェンスは集中力を取り戻し、後半14分まで失点を許しませんでした。
前半、主審から注意を受けるほどの闘志を見せた3#ジュンコさん。
後半も9#竹田幸子選手をマークし続け、チャンスを与えませんでした。
しかし、後半15分に痛恨の6失点目。パスをカットされ、ぶっちぎられてのシュートには、為すすべもありません。
ところが、彼らの気持ちは折れることはありませんでした。「このままでは終われない」そんな想いが、みんなの身体を突き動かします。
その思いが身を結んだのは後半残り3分。点を決めた10#ハッシーを中心に、祝福の輪が広がります。心折れることなく、仲間を信じて、みんなで掴み取った大切な1点でした。
7#あさいくんも、7#黒沼選手に必死で食い下がりました。しかし、疲れもピークに達していたFC PORTは、ついに限界を迎えます。
後半19分、Espacioに与えたCKは、不運にもFC PORTゴールに直接決まり7失点目。そしてその直後、今度は7#黒沼選手にラストパスを許すと、ゴール前に詰めていた9#竹田選手にダメ押しの8点目を決められ、万事休す。
FC PORTに残された時間は、ほんの数十秒だけでした。そして…。
試合終了。スコアは1-8。歓喜に沸くEspacioと、呆然と立ちすくむFC PORT。あまりにも対照的なコントラスト。はしゃぐEspacioの選手を、ハッシーはじっと見つめていました。
終戦、そして夢の終わり。
試合が終わり、健闘を称え合う両者。
その姿を、FC PORTベンチは複雑な表情で見守っていました。 目の前の現実を飲み込むのは時間を要しました。
視線を下に落としながら、監督がゆっくりと口を開き、途切れながら低い声を絞り出します。「最後はちょっと予想外の結果になったけど、でも決勝まで進めたっていうのは誇っていいことだと思う…みんな、スゲェ頑張ったから…この結果は悔しいけど…」
そこからはもう言葉になりません。次の瞬間、顔をクシャリとさせた監督の眼から、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちました。
それは選手たちが初めて見る、監督の涙でした。選手と同じように監督もまた、極限まで神経を張り詰めていたのです。
その後、監督が何を言っていたかはよく覚えていません。こういう経験を自分も初めてさせてもらって感謝している、結果には胸を張っていい、そんなことを話していたように思います。キャプテン・ハッシーも重い口を開きます。「みんなとここまで来られて、本当によかったです。けど、本当、悔しくて…申し訳なくて…」その声はだんだんと震え、消えるように細くなって行きました。そして、涙。そんな彼に、それ以上カメラを向けることはできませんでした。
みんな無言で、ただ地面を見つめます。ほんの数十秒のことでしたが、だれも立ち入ることのできない、彼らだけの時間が過ぎていきました。
「…よし、みんな胸張って、横浜に帰ろう」篠崎代表の一言で、時間がパチンと再び流れ始めます。気がつくと、周囲はフィナーレに向かって慌ただしく動き出していました。夢のような時間は終わりを告げたのです。
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彼らが控えスペースに戻ると、思いもかけないサプライズが待ち受けていました。すでに試合を終えていた選手たちが、花道を作って両チームを待っていたのです。残念ながら、パラキートはその場に立ち会えませんでしたが、そのときの様子をあさいくんがイラストにしてくれました。
ジュンコさんはリベルダージ北海道の選手の胸を借りて号泣。そして、今大会中常に気丈に振る舞っていたトビくんも、お母さんの腕の中で堰を切ったように泣き出しました。何度も「ごめんなさい」を繰り返しながら…。大会5試合をほぼフル出場し、チームを助けたトビくん。そんな彼が謝罪の言葉を口にする必要など、どこにもないのです。
感情表現が苦手な彼らが人目もはばからず見せた、心を激しく揺さぶるほどの純粋な「感情の爆発」でした。
リスペクトにあふれた大会
2日間に渡る大会は、関東代表のEspacioが優勝し、幕を閉じました。抜群の安定感、驚異的な集中力。そしてどのチームへも欠かすことのない敬意。優勝にふさわしいチームでした。おめでとう!Espacio!
そして我らがFC PORTは準優勝!国体のメダルと同じデザインの銀メダルを授与されました。
3位はエストレージャ愛知。大会前から少しずつFC PORTと交流を深めてきたチームの入賞は、FC PORTにとっても大きな喜びでした。
同じく3位、素晴らしい組織力と情熱を見せてくれたリベルダージ北海道!14点を奪ったグループリーグ最終戦は「圧巻」の一言。
続いて個人賞の発表。最も活躍した女性選手に送られるなでしこ賞は、酒井希代美選手(YARIMASSE大阪)。大会MVPは竹田智哉選手(Espacio)に!
得点王は、我らが橋口孝志選手(FC PORT)!公約通り得点王を獲得。有言実行男は健在でした。
表彰が終わり、大会委員長が閉会を宣言します。「感動をありがとう。またいつかお会いしましょう!」
最終順位は以下の通り。
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表彰が終わった後、リーグで戦ったチームの選手やスタッフが挨拶に来てくれました。
「試合中蹴っちゃってすみません」「準優勝おめでとうございます!」「FC PORTに加入させてください」←????
どこまでも互いを思いやる、リスペクトにあふれた大会になりました。疲労で歩けなくなったトビくんは抱えられての記念撮影。それほどまでに、みんな限界まで戦っていました。
大会をサポートしてくださった大会運営ボランティアへ「ありがとうございました!!」
早朝どんよりとした雲に包まれていた空は、大会終了後には嘘のように晴れて、柔らかな日差しが差し込んでいました。すっかり片付けられた会場は、嵐で何もかも洗い流された後のよう。
写真は撮れませんでしたが、会場出口ではホスト役の愛媛オレンジスピリッツの選手たちや運営スタッフが笑顔で「ありがとう!」「また来てね」と花道を作ってご挨拶。離れがたい瞬間でした。
航海の終わりに得たものは
全日程を終え、宿舎へ戻ったFC PORT。その日の晩、近くの中華料理屋で打ち上げが行われました。
佐藤監督が選手・スタッフ一人一人に感謝の言葉と賛辞を送ります。障害を抱え、生活もままならない中で、一つの目標に向かって互いに気遣い合いながら頑張った選手、そしてそれを支えたスタッフたち。みんなへの、心のこもった感謝の言葉でした。
その言葉に涙するメンバーもいれば、気持ちを新たにするメンバーもいました。改めて、このチームに関われてよかったと思えた夜でした。
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その日の深夜。寝付かれない何人かの選手たちが、ホテルの一室に集まっていました。最初は他愛もない話題に花が咲いていましたが、誰が話し始めたのか、やがて自らの症状について、静かに語り始めます。
大会後の開放感がそうさせたのか、自らの抱える障害について決して口にしない彼らが、仲間の前で自身のことを語るのは初めてのことでした。同じカテゴリで葛藤してきたどうしだからこそ本音をぶつけ合える。お互いを理解するために、彼らは明け方近くまで、ずっと語り合っていました。この時間こそ、愛媛までの旅の終わりに彼らが見つけた、一番大事な宝物だったのかもしれません。
さあ、帰ろう
愛媛を離れる日の朝。宿舎の前で手当てを受けるハッシーの姿がありました。全国大会初出場&準優勝の陰で支払った大きな代償、それはエース・ハッシーの長期離脱。決勝戦で負った怪我は、結果的には全治1年に及ぶ大きなものでした。
ターミナルホテル東予さんの前で集合写真。4日間、大変お世話になりました!さあ、横浜へ帰ろう!
メンバーは空港で解散。遅い便を予約したメンバーはしばし道後温泉観光へ。空港で別れたはずのスタッフ今井さんとなぜか道後温泉で再会w 考えることは同じでした。
まるで修学旅行生のよう。競技から離れた彼らは、ごくごく普通の純朴な青年です。
あっという間の4日間が過ぎ、愛媛ともお別れ。こうして、FC PORTのメンバーたちの旅は終わりました。空港から見えた夕日はとても壮大で、名残り惜しさが募りました。
さよなら、愛媛。
「オレたちは、強い。」
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の物語は、こんな形で終わります。「世界を救う過酷な旅を終えた4人の小さなホビットは、故郷ホビット庄へと帰還を果たします。しかし、村人は日常の生活で精一杯。世界を救った4人にも全く関心がありません。4人は酒場の小さなテーブルで杯を重ね、静かに互いをねぎらうのでした…」
精神障害者フットサルはオープン競技のため、全国障害者スポーツ大会愛媛大会の横浜市派遣選手に、FC PORTの名前はありません。県としては選手を派遣したことにさえなっておらず、地元の新聞にFC PORTの成績が載ることもありませんでした。
さながら物語のホビットがそうであったように、その活躍を知る者はほんのわずかしかいません。それでも確かに、遠く愛媛の地で、彼らは躍動したのです。
180日の航海を経て、選手たちは一人一人大きく変わりました。社会参加に向けて一歩を踏み出した者、新しい目標を見つけた者、自身の経験を世間に伝える活動を始めた者…。いつか彼らにもチームを離れ、それぞれの道を歩み始める日が来るでしょう。
けれど、FC PORTは「いつでも帰ってこられる港」。辛くなったらまたここへ帰ってきて、一緒にボールを蹴ることができる、そんな場所なのです。「オレたちは、強い。」彼らはすでに新しい航海図を広げ、次の海へと漕ぎ出し始めています。
横浜で活動する精神障害者フットサルチーム「FC PORT」。日本一を目指して奮闘した素晴らしいチームがあることを、少しでも多くの方に知ってもらえたらと心の底から願いながら、航海記を締めくくりたいと思います。
——————— 今回の大会に関わったすべての関係者、並びに応援してくださった皆さま、長きにわたる記事に目を通してくださった皆さまへ、改めて感謝申し上げます。
(了)
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