- サッカーの現場から
「第4回アジア太平洋ろう者サッカー大会」にむけた合宿
2018年4月23日から5月7日にかけて、韓国の昌原で開催されている「第四回アジア太平洋ろう者サッカー大会」。男子は9ヵ国、女子は3ヶ国で争われ、特に男子は2020年に開催される「デフサッカーワールドカップ」の出場権がかかる重要な大会。一方の女子は今大会初めて女子の部門が新設され、初代王者を目指しての参戦となります。
http://jdfa.jp/news/deaf_soccer_apdfc2018/
そんな重要な大会を控えた女子代表の強化合宿にパラキートがお邪魔したのは2月下旬。デフサッカー女子日本代表・久住呂幸一監督に教えていただき、会場である千葉県八幡宿の八幡運動公園へ足を運んだのでした。
久住呂監督と初めてお会いしたのは、12月の「ちょんまげ隊長ツンさんの訪問授業」。その際「ぜひ女子代表を見に来てください」とお声がけいただいたことがきっかけで、今回の取材となりました。
デフサッカー女子代表のことは、過去に度々紹介した映画監督中村和彦氏の監督作品「アイコンタクト〜もう一つのなでしこジャパン」で知っていましたが、直近の代表については情報が少なく、女子代表の活動を直接見るのはこの日が初めて。
映画『アイ・コンタクト〜もう一つのなでしこジャパン・ろう者女子サッカー〜』公式サイト
この時点では「第四回アジア太平洋ろう者サッカー大会」の出場メンバーは固まっておらず、候補選手も含めた合宿です。
実は、パラキート所属の「FC PORT」と練習試合をさせていただいている、神奈川の聴覚障がい者サッカーチーム「KDFC(Kanagawa Deaf Football Club)」所属の女子選手も数名、この合宿に参加していました。
2月にしてはそれほど寒くもなく、合宿には最高のコンディション。昼過ぎにパラキートが現地に到着した頃には、昼食を終えた選手たちが午後からの練習試合を控えて体を動かしていました。
前日から合宿入りしている女子代表チームは、初日に基礎練習と紅白戦を行い改善点を洗い出す作業。そして2日目のこの日は、守備重視の練習を行い、午後は練習試合です。そのウォーミングアップの最中、選手たちに指示を出す久住呂監督がいました。
アジア大会に出場できる選手は、この日を含めあと2回の合宿で決まります。試合前のウォーミングアップも気が抜けません。
この日の対戦相手は、日本体育大学U-18女子サッカーチーム「日体大FIELDS横浜U-18」(以下日体大U-18女子)。中学二年生から高校三年生までの約二十数名が所属し、関東プリンセスリーグなどを主戦場にしている、若く勢いのあるチームです。
いよいよデフサッカー女子日本代表初観戦!
試合が始まります。久住呂監督は選手たちを集めると、戦術の指導を始めました。そこには小学校の授業で見せた柔和な雰囲気ではなく、指揮官の威厳が漂っていました。
基本的に彼女らは手話でコミュニケーションするため、手話の勉強ができていないパラキートには、残念ながらミーティング内容をうかがい知ることはできません。
しかし手話がわからないとはいえ、試合にかける彼女らの意気込みはパラキートにも伝わってきました。
気持ちが入っているのは日体大U-18女子も同じ。フレンドリーマッチの雰囲気など微塵もありません。
デフサッカーのルールって?
さて、デフサッカーのルールについてここで軽く触れておきましょう。基本的に健常者サッカーとルールは同じです。
————————————————————-・11人制(交代枠3人)・45分ハーフ・フルコート・競技ルールは健常者サッカーに準ずる
デフサッカー特有のルールとして・補聴器またはそれに準ずるものは全て外すこと・主審は笛とフラッグの両方を使用する。・国際ルールではゴール裏にも2名の審判が立ち、主・副審合わせて5名で行う出場資格は以下の通り。・国際ルールの基準=聞こえの良い耳の聴力が55デシベル・聴力の程度によるクラス分けは無し
ろう者(デフ)サッカー(聴覚障がい)|選手・指導者向け情報|メディカルインフォメーション|サッカーファミリー|JFA|日本サッカー協会————————————————————-主審と副審がそれぞれ旗を持ちます。笛の音が聞こえない選手もいるからです。
練習試合では、健聴者と聴覚障害の差を公平にするため、日体大U-18女子には「声による指示は禁止」という特別ルールが設けられました。声が聞こえないということは、すなわち「視野の範囲外(例えば背後)にいる選手の位置が、声や音で認識できない」という意味でもあります。サッカー経験者の方なら、背後からの声が聞こえない難しさはなんとなく想像がつくかもしれません。
奮闘する女子代表チーム
30分×3本の変則試合がスタートしました。試合が始まってすぐに主導権を握ったのは、日体大U-18女子。やや守備的な入りをした女子日本代表ですが、競り合いで負けが重なり、セカンドボールを拾われては立て続けにシュートを許してしまいます。
ボールをキープするMF鳥海玲奈選手。しかし前を向かせてもらえず、チャンスを作れません。
同じくキープ力に長けたMF宮田夏実選手も、厳しいチェックに遭います。個々の技術力に差はありませんが、出足の一歩に勝る日体大U-18女子が常に主導権を握り続けます。
懸命にゴールを守るGK松川容子選手は、再三のピンチに孤軍奮闘。そして、奮闘空しく早々に失点を許してしまいます。守備の連携を指摘しようにも、ゲーム中は互いの意思疎通が難しく、フラストレーションはたまる一方。
ミスをしたDFに対して厳しい態度を示し、感情をあらわにします。
しかし、その後もペースは変わらず、ワンサイドゲームの様相。チャンスを作ろうにも、徹底したマークを振りほどくことができません。
そしてドリブル突破を仕掛ける相手選手を止められず、なんどもピンチを招きます。
相手にのびのびとプレイさせてしまった女子日本代表。選手にも焦りが見えます。
選手たちはプレイの切れ目切れ目にコミュニケーションしながら守備の改善を図りますが、結局良いところなく、女子日本代表は1試合目を落としました。
しかしそれも無理もない話。大阪府、愛知県、神奈川県など、選手たち拠点もバラバラ、中には沖縄や北海道からの参加選手もいます。そんな彼女らが互いに顔を合わせるのは、月一回の合宿のときだけ。
一方で、日体大U-18女子は同じメンバーで週に6日の練習をこなしています。クラブチームと代表チームとでは、連携の質に差が出るのもやむを得ないところ。連携を欠いた1試合目は、そんな代表活動の難しさを感じさせました。
とはいえ、負けは負け。あまりの不甲斐なさに怒りを露わにした松川選手は、試合途中に足が攣って動けなくなったDFの大谷遥佳選手に激しく詰め寄ります。
発声で思いを伝えられない分、気づかぬうちに身振り手振りが大きくなる選手たち。それがさらに互いをヒートアップさせてしまいます。見かねて止めに入る久住呂監督。
チーム内の諍いはもちろん良いことではありませんが、逆に言えば危機感の表れでもあります。彼女らの「日本代表への気持ちの強さ」を感じ取った瞬間でもありました。
互いをリスペクトし合う選手たち
1試合目が終了したあと、久住呂監督は選手を集め試合の振り返りを始めました。試合の課題を挙げ、2試合目、3試合目で修正を図ります。
選手たちはそれぞれコミュニケーションを取り合いながら、互いのイメージを擦り合わせていきます。時には励まし、時には指導をする姿はとても印象的でした。
ベテランGK芹澤育代選手。熱心に後輩の指導にあたります。
久住呂監督も、先ほどまで揉めていた大谷選手に対し、決して怒ることなく、丁寧に接していました。
第二試合が始まる頃には、チームは再び一つの輪になっていました。不穏な雰囲気も消え、第一試合とは違うチームになったような、そんな変化も感じました。
試合を重ねるごとにたくましく
第二試合
第二試合は堅調に進める女子日本代表。攻めの機会は少ないものの、守備が安定し相手に決定機を作らせませんでした。第二試合のGKを務める芹澤選手は、チームに安定感をもたらしていました。
危ないシーンもしっかりと相手に体を寄せ、ピンチをしのぎます。
高い位置での防御で、相手のボールを激しく奪い取りに行く積極性も見えてきました。
相手に常にボールを保持されていた第一試合に比べ、体を張って奪いにいくシーンが増えました。
試合が終わった直後も積極的にコミュニケーションをとる選手たち。サッカーでもフットサルでも、選手自らその場で改善しようとする意識の高さは、デフ特有のものかもしれません。
第三試合
最後の試合、すっかり吹っ切れた様子で円陣を組むイレブンたち。笑顔が溢れます。
試合展開はやはり防戦一方な感じですが、より積極的な守備も増えました。
GK仲宗根祥子選手も気迫の飛び出し!
何度かシュートチャンスをつかみますが、惜しくも得点はならず。しかし攻撃的な姿勢を随所に見せた試合でもありました。
ベンチからもチームメイトが盛んに指示を出します。
結局この日、勝つことができなかった女子日本代表。まだまだ課題の多い合宿二日目となりました。さすがに悔しさにじむ選手たち。
うなだれる酒井藍梨選手に手を当てて慰める仲宗根選手。
しかし、試合が終われば両チームもみんな笑顔。普段の明るさが戻ってきました。
戦い終わって
試合が終わったあとは、先ほどまで戦っていた日体大U-18女子との交流会。3つのグループを作って、健聴者とろう者との交流が行われました。ホワイトボードを使って自己紹介をしたり、手話を教えあったり。そこらかしこで賑やかな笑い声が聞こえます。
疲れを忘れて、選手たちは交流を楽しんでいました。年頃の乙女の姿がそこにはありました。
選手が交流会をしている間に、トレーナーたちは栄養補給用のバナナとジュースを用意。たくさんの方の支えがあって、チームは活動ができるのです。
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こうした紆余曲折を幾度も重ねて、久住呂幸一監督率いるデフサッカー女子日本代表は「第四回アジア太平洋ろう者サッカー大会」でvsネパール戦15-0、vs韓国戦11-0の成績で堂々の優勝を果たしました。
http://jdfa.jp/news/deaf_soccer_women_korea_201804/
日本はアジア大会女子として最初の王者。スコアを見れば大勝で、その日本の強さを知らしめましたが、一方でアジア全体のレベルの低さも際立つ結果となりました。
2009年にデフリンピック初出場を果たした日本女子代表が目指す目標は、2020年のデフワールドカップ、そして翌年のデフリンピックで世界トップ3に入ること。No.1強国ロシアをはじめ、アメリカ、ブラジル、ポーランドと列強が揃う女子デフサッカー。久住呂ジャパンは既に、次の目標に向けて動き出しています。頑張れ蹴球乙女たち!
(了)
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