- サッカーの現場から
ちょんまげ隊長ツンさんの小学校訪問授業に潜入!
サッカー日本代表のサポーターなら、一度は彼を見たことがあるかもしれません。スタジアムでちょんまげと鮮やかなブルーの甲冑を着込んだ男性。その名はツノダヒロカズ、通称ツンさん。
熱狂的なサッカー日本代表サポーターとして有名なツンさんですが、ボランティア活動にも熱心なことは意外と知られていません。東日本大震災復興映画「MARCH」をプロデュースし、世界各国で「被災地報告会」を開催。ネパールの貧困問題にも取り組みながら、合間を縫って障がい者サッカー日本代表の応援に馳せ参ずる姿は、まさに現代のサムライ。
昨年3月のデフ(聴覚障害)フットサルチャレンジカップで、ツンさんと初めてご挨拶してからというもの、彼の活動が気になっていたパラキート。なんとその活動にご一緒する機会をいただくことができました。その活動とは「小学校の訪問授業」。ツンさんが市内の小学校を訪ね「障がいサッカー」を題材に授業を行うのです。
12月の早朝、千葉県柏市。肌を刺すように冷たい空気の中、指定の待ち合わせ場所に向かうと、すでにツンさんと今日の活動に参加するメンバーが集まっていました。ちょんまげ甲冑を身につけていないツンさんは、一見すると普通のおじさん。
今日のメンバーは、ブラインドサッカーチーム「Derroto Saber 茨城」所属の「イケちゃん」こと池田勢司選手。同じくブラインドサッカーチーム「松戸・乃木坂ユナイテッド」瀧澤大作監督。デフ(聴覚障がい)サッカー女子日本代表 久住呂幸一監督、元デフフットサル女子日本代表GK 中村千穂さん、手話通訳士の森本行雄さん。電動車椅子サッカー元日本代表で「レインボーソルジャー」所属の吉沢祐輔さんと、千葉県の電動車椅子サッカーチーム「ウイニングフェニックス」選手兼代表の益子真一選手。スポーツジャーナリスト吉田直人さん。錚々たる顔ぶれが揃いましたが、これもツンさんの人徳のなせる技。
3時間という限られた時間の中で、全校生徒に障がい者サッカーの体験会をする……というちょっとハードなスケジュール。生徒数約300人ほどの学校です。果たしてどのような授業になるのかな?前半は小学校1年生から3年生まで、後半は4年生から6年生までが対象です。
1限目 クロ先生、もりもとさん、チホちゃんさんの手話教室
まず最初の授業は、クロさんこと久住呂先生の手話教室。森本さんと中村さん、そして先生が助手を務めます。
この授業では一つのルールが児童に課せられました。それは「こえをださない、おとをださない、でがんばる!」こと。用意はいいかな?
ツンさんの「今から一言も声を出してはいけません。はい、行くよー!3,2,1!」の合図とともに、体育館内は静寂に包まれました。そして、久住呂先生の手話を通訳する森本さんの優しい声だけが、館内に響きます。
「おなじたんじょう月であつまって」と書かれた紙を示し児童を12のグループに分けるクロ先生。
グループが分かれたところで、1〜12までの数字を表す手話を丁寧に教えていきます。
これは「5」。間違える子も多かったですね。
自分の誕生日を手話で表わせるようになった子供たちは、早速、覚えたての手話を友達同士で披露し合っていました。
次は「動物」を表す手話。「サル」「ブタ」「うさぎ」。クロ先生のユーモラスな手話の表現に、児童たちからもクスクス笑いが聞こえます。クロ先生も楽しそうです。
高学年の授業では、さらに「色」の手話が加わりました。ぐちゃぐちゃに散らばった赤、青、緑の3色のカラーコーンの中から、手話で示した色のカラーコーンを探り当てるというもの。これは「黄色」の手話。
クロ先生の合図で、手話で示された色のコーンへ一斉にダッシュ。ビーチフラッグのごとく突進していく男子たち。男子はこういうの、燃えます。
そして最後に、両手を開いてひらひらさせる「拍手」の手話を教わって、授業は終了。
ツンさん「はい、みんな拍手〜。クロ先生は音が聞こえないから、いい笑顔を見せてください〜」。子供達はみな笑顔で、静かに小さな掌をひらひらさせて「拍手」。まるで小さな花畑ができたような、印象的なシーンでした。
2限目 イケちゃん先生&タッキー先生のブラインドサッカー教室
お次はイケちゃん&タッキーのブラインドサッカーコンビによる「ブラインドサッカー体験」。おもしろアイマスクのイケちゃん先生と「ジャニーズじゃないタッキーです!」と自己紹介のタッキー先生。二人ともすでにノリノリです。
児童の目の前には、マットを挟んで等間隔で並べられたコーンと椅子。そこに男女2人一組で列を作ってもらいます。
ツンさんがルールを説明します。「今からチームでリレーをします。やり方は簡単。片方が目隠しをして、もう片方はその子を「触らずに」声だけで誘導しましょう。途中の(マットの)段差は『足元に段差があるよ』と声をかけてあげましょう。椅子の場所を教えてあげて、そこに座らせたら次の組へバトンタッチ。一番早いチームはどこかな?」と、デモンストレーションを見せます。
要領が飲み込めたところで、みんな一斉によーい、どん!ところが…。「段差あるよー」「こっちこっち!」「よこーよこー!」ガイドが一生懸命指示をしますが、目隠し役なかなか目的地へたどり着けず、段差で転ぶ子も。一向にリレーがつながりません。
そこで、見かねたイケちゃん先生とタッキー先生が助け船を出してくれました。
・「段差があるよ」ではなく「一歩上がるよ、一歩下りるよ」と教えてあげる。・椅子に座る時も「膝の高さに座るところがあるよ」と言って座らせる。・左右を教える時は、相手の立場に立って指示をしてあげる。
コツを教わった児童たち。あっという間にリレーがつながり、すごい速さでレースが終了!これにはツンさんも驚きを隠せません。
面白いことに、低学年の児童の方がリレーが早いのです。どうやら高学年の男女は恥ずかしがって、積極的に互いをフォローしたがらないようです。初々しいですね(遠い目)。
そしていよいよお待ちかね、ブラインドサッカー体験。同じく2人1組になり、今度はガイド役が手をつなぎながら、音が鳴るブラインドサッカー用ボールをゴールまでドリブルで運ばせます。ボールの扱いに苦労しながらも、リレーをつなぐ児童たち。一方バスケットボールやドッヂボールを渡されたチームは一苦労です。
大興奮の中ドリブルリレーは終了。そして満を侍して登場のイケちゃん先生です。昨年の「アクサブレイブカップ」でもチームをけん引する活躍を見せたイケちゃん先生(写真は昨年のアクサブレイブカップより)。
タッキー先生の肩を借りていたイケちゃん先生が、水を得た魚のように華麗なドリブルさばきを見せます。児童からは大歓声!さらに、遠くで声をかけるツンさんに向かって、全く見えないはずなのに正確なパス!「えー!なんでー??」不思議がる子供達。
そしてここで授業は終了。「目の不自由な人の手伝い方、今日わかったよね?道端で目の見えない人が困っていたら、今日と同じようにエスコートしてあげてくださいね!」ツンさんの言葉を児童はしっかり受け止めていたようでした。
3限目 よっしー&マッシー先生の電動車椅子サッカー
最後は電動車椅子サッカーの吉沢先生と益子先生による「よっしー&マッシーの電動車椅子サッカーの体験授業」です。吉沢先生はパラキートブログでは度々ご紹介していますが、3度のW杯出場経験を持つベテラン選手(写真は昨年の電動車椅子サッカー日本選手権大会より)。
まずは児童の前でドリブルのデモンストレーション。競技用電動車椅子「ストライクフォース」を駆り、ドリブルするよっしー先生のテクニックに、子供達も「おおおー!!!」。
お次はパス交換。体ごと持っていかれそうになるほどの球威に、パスを受ける児童もびっくり。そしてその場で高速回転する電動車椅子にもびっくり。
今度は児童が電動車椅子に挑戦、初めて乗る電動車椅子におっかなびっくりです。電動車椅子の操作は繊細で、レバーをわずかに動かすだけで、予想外の動きをしてしまいます。
彼らにとって電動車椅子は「乗り物」ではなく手足の一部。実際に乗ってみて電動車椅子の扱いの難しさと、それを操る凄さが改めてわかります。と、いうことで校長先生も挑戦です。校長先生は昔陸上の有力選手だったそうで、初めての電動車椅子もすぐに乗りこなし、よっしー先生からもお墨付きをいただきました!
電動車椅子の台数と時間の関係ですべての児童が体験することはできませんでしたが、電動車椅子サッカーの凄さは、児童には十分伝わったはずです。
子供達の未来に希望を託して
楽しい体験授業のあとは、先生たちへの質問コーナーです。興味津々な児童たちは思い思いの質問をしてくれました。「音が聞こえない中での移動はどうしているんですか?」「電動車椅子がないときはどうやって生活しているんですか?」その中で特に印象に残った質問がこちら。
Q.障害を持っていても、それでも嬉しいことやよかったことを教えてください。
まっしー先生>生まれつき「脊髄性筋萎縮症」という病気で、歩くことができませんでした。しかし、電動車椅子に乗ることで、自分で自分の好きなところに行くことができます。電動車椅子は自分にとって鳥の羽根のようなものです。
よっしー先生>「進行性筋ジストロフィー」という病気で、小学生卒業の頃には歩けなくなりました。今は機械を使わないと自分で呼吸ができませんが、逆に機械の力でサッカーや外出など、出来なかったこともできるようになりました。自分自身での諦めない姿勢がまず大事で、そこに周囲からのサポートを借りれば、出来ないこともできるようになるということを伝えていきたいです。
イケちゃん先生>25歳のときに網膜剥離で視覚障害になってから10年経ちます。趣味もなく生活がつまらなくなったけれど、サッカーと出会って少しずつ上達して試合に勝つことが楽しくて、それが生き甲斐になっています。街で声をかけてくれる人の優しさを感じたり、自分の経験を話すことで感謝され、ありがとうと言われることが増えたのがとても嬉しいです。
(監督として)タッキー先生>サッカーに関わって嬉しかったことは、チームの監督や体験会などで日本全国いろいろなところへ行くことができることです。逆に、選手たちと行動を共にするとき、歩きスマホで危ない思いをしたりするなどの経験をすることができました。
クロ先生>私は生まれつき耳が聞こえません。サッカーは漫画を通して出会いました。それからサッカーを通していろいろな人と出会えたことがすごく嬉しいです。今の自分を作ってくれたサッカーに感謝しています。(障害については)本音は音楽など楽しんでみたいけれどそれはできないので、文字に置き換えて、友人たちと一緒に楽しむことができています。
今日の授業のお礼にと、児童たちが花束とメッセージを用意してくれていました。
ツンさんは言います。「ここにいるみんなの中で1%でもいい。将来勉強して、障害を持っている人と一緒に暮らせる「共生」「バリアフリー」の社会を作ってくれる人が出てきてくれることを願っています」。そして、最後にツンさんはこんなことを児童たちに言いました。「もし街中で困っている人がいたら、今日教わったやり方で、手助けしてみてください。そしてみんなヒーローになってください」児童たちの心に、この日の貴重な経験はどう刻まれたのでしょうか。
みんなと給食を
さて、お待ちかねの給食の時間。先生たちは各教室に分散して、児童たちと一緒に給食をいただきます。よっしー先生は特別支援学級へ。先生たちは児童たちとの交流を楽しみながら、久しぶりの学校給食を味わっていました。
食事を終えた先生たちは、体育館へ戻って電動車椅子の試乗体験。こうした異なる障害同士の交流も貴重な機会です。久住呂監督はこの日の授業をきっかけに、電動車椅子サッカーの大会である「マリノスカップ」を初観戦しに訪れていました。
パラキートもこの体験授業を通して、新しい出会いを作ることができました。人を育て、人をつなぐツンさんの活動は、本当に尊いものだと感じます。ツンさんの活動は、今後も続きます。これからもどこかの町で、たくさんの小さなヒーローたちが誕生していくことでしょう。成長した彼らが、一人一人社会のヒーローになってくれることを願ってやみません。最後にみんなで「やー!」のポーズ。任務完了!お疲れ様でした!
—————————————————————————————————
ツンさんインフォメーション>>
現在「もう一つのMARCH〜トモにロシアへ〜」のプロジェクトが進行中です!原発から30km以内にある南相馬市。そこに住んでいる子供達を、6月のロシアワールドカップへ連れていきたい。7年を経て今なお復興が進まない閉塞感の中にいる彼らを「世界」「おもてなしの心」「多様性」に触れさせてあげたい。その思いで活動を続けるツンさん。映画「MARCH」の一環として立ち上がった「トモにロシアへ」プロジェクト。6月まであまり日がありません。ぜひ皆様のご支援・ご協力をお願いします。
—————————————————————————————————
ツンさんについてはこちら>
レインボーソルジャーについてはこちら>
Derroto Saber 茨城についてはこちら>
松戸・乃木坂ユナイテッドについてはこちら>
ウイニングフェニックスについてはこちら>
日本ろう者サッカー協会についてはこちら>
(了)
————————————————————————————————
画像・文章の無断使用、無断掲載は固く禁じます。